「他人を愛せない」悩み
――― いらっしゃいませ『お客様』。こちらの席へどうぞ。今週オススメの話題はこちらです。
「バツ2で…もういっか、って」
カフェ、バーともにご贔屓にしてくださる女性のお客様のお話です。ご自身でアパレルのセレクトショップとネット販売店を経営されている方で、来店当初、年齢を知った時に衝撃が走ったのを覚えています…美意識も高く、大変お綺麗な方です。 一人で来店される事もあれば、社員の方やお付き合いされているパートナーと来店されることもありました。以前に一度、結婚・離婚を経験されてからは、お一人と愛猫との暮らしが続いているようで、「一人気ままが楽でいいわ」とグラスを傾けておられたのが印象的です。 そんな具合に1週間に1度以上は必ずご来店くださるその方が、しばらくお越しにならない期間がございました。飲食業に限らずよくある事だとは思いつつも…少しばかり気がかりではありました。 そこから1年と数ヶ月経ったつい先日のカフェタイムに、そのお客様は突然お越しになりました。目立つ方なので、入り口に立たれた瞬間すぐにその方と分かり、お久しぶりです、と声をかけてから席へお通ししました。 「ごめんなさいね、環境が変わったものでなかなか来られなくて…」 店が少しばかり忙しい時間帯だった事もあって、お客様はコーヒーとサラダを簡単に召し上がられてすぐに席を立たれました。「また、夜に来ますね…少しお話がしたくて」いつでもお越しください、と見送ったその夜早速、お客様は来店されました。 以前と何ら変わらない様子でカウンターに座り、頼んだギムレットを召し上がる姿はさながら映画女優のようでした。 「あの、実はね…昨年結婚して引越をしたんです。急だったから、挨拶もなしにごめんなさいね」 気になさらないでください、おめでたいことじゃないですか、と私の言葉を押し込めるかのように、 「別れたんです。この前…また…また戻って来ちゃった」
「本当の意味で他人が愛せない」…とは
お客様の来店後、表に「CLOSE」の札を出しておいて正解だったわ…と思いながら、お客様の頬に伝う涙を見守っておりました。ただ、そこに長い時間は必要なく、お客様はバッグからハンカチを取り出して目の端を軽く拭うと、憂いを帯びつつもくっきりとはにかまれました。 「結婚が向いてないって…分かりました。それと、私本当の意味で他人が愛せないんだと思います」 お客様の言葉には、なんとも言えない潔さがありました。ただ、その潔さの分だけ感じた寂しさに、思わず声をかけてしまった次第です。 ―本当の意味で他人が愛せない? 「自分が嫌になります…今回も同じだったんです。自分が一方的に尽くして、尽くした分だけ相手に見返りを求めて…自分だったらこうするのにって、理想ばっかり高くなっていって。 本当、ナルシストで自分の事ばかり…こんな自分を愛せないのに、他人を好きになれるはずがない」 お客様の言い分は、途中からそれこそナルシシズムが加わって支離滅裂なものでしたが…この方の仰る「本当の意味で他人が愛せない」というのは、そのカルマの根にある「自己愛」と「承認欲求」が、恋愛/結婚生活では昇華出来ない…という事。 こういった場合の恋愛/結婚の失敗談では「なぜ / どのようにして / こうなったか」ということが、本人の中で整理されているにも関わらず、それを「このようにすれば / こうなる」…と本人が無意識のうちに繰り返し実行しています。自分の欲求が満たされない人間関係から、開放されるために。 「自己愛」や「承認欲求」は誰しもが持ち合わせているものです。恋愛/結婚生活の中でそれらを満たすのであれば、パートナーとの関係性はもちろん、仕事や趣味などへのパワーバランスが重要なのですが…この方の場合、恋愛や結婚にエネルギーを注いでしまうタイプのようですね。
「自分が好き」と「他人を愛せる」は別のこと
ーお客様、申し訳ありませんが、そろそろ閉店のお時間です。 ひとしきり愚痴をこぼして同情され、安心したのか…お客様はいつもより多めにお酒を召し上がっていました。 「ごめんなさいね、飲み過ぎてしまって…でも、久しぶりにお会いできてよかった」 タクシーに運ばれる女性の後姿を見送り、珍しく疲れを感じながら店へと戻りました。 「他人を愛せない」という発言の根源には、もちろん人によって色々な事情があります。ただ、悲しいかなそれらは、余程のトラウマが無い限りは「昇華されない強い自己愛」から発せられるものが多いように感じます。 また、恋愛ではとれていた距離も、結婚を機に上手くとれなくなった事も原因の一つだったのでしょう…自分の思いをそのままぶつけられる近さだからこそ、あのお客様にとっては窮屈なことも多かったのかもしれません。再び仕事に没頭されると…ご自分を取り戻されることでしょう。 ああ…明日はもっと美味しくお酒が飲みたいし、来週はもっと楽しい内容をお話出来るように致しますね…お目汚しをお許し下さい。
――― お帰りですか?お代金は結構ですよ。来週、またのお越しをお待ちしていますね。